life4lifeのブログ

セカンドライフに向けた自分なりの振り返りとこれからを気ままなつぶやき
10代の頃はスケーター、そして20代でサーファーへ今はサラリーマンをしつつスノーサーファーとしてのライフスタイル拡充を目指してます。そんなバックグランドから生まれるストーリー

この夏には間に合わなかったけど・・・健康生活?!

GWが終わった頃から少しづつスノーボードのオフトレも兼ねて
色々始めてきています。
食事に気を配ったり
定期的な運動を取り入れたり
まだ2か月ちょっとだから、効果が出ている訳でもないけど
継続は力なり!?
ここ数日の暑さ、夏ですよね・・・
今言えるのは、2年前のサーフトランクスが今年も履けること
本当はね・・更にを考えていたけど
そんなに甘くないですよね
でも、平日も7月からはジムに週一で筋トレも始めたり
雨が降らなければ、朝と夜はオフィスと東京駅の間をバイクシェアを利用して
プチサイクリングも
仕事は徐々に忙しくなっているものの心身ともに上向きな気がしてる
あと、久々にヨーガも復活
これだけ書くとかなり健康的
がしかし、オフシーズンは週末に山とならないから、何気に大人の夜の
コミュニケーションも
これも無理なく、プライベートでの人とのコミュニケーションは
メンタル面でのトリートメントに役立つ
総じていえば自分なりに健康生活と言える
取り敢えずの目標は、夏でなくハロウィンに向けて更に体の
トリートメント&シェイプアップかなぁ・・・
久々にフルコスチュームできるように頑張ります!!

さぁ、これから一勝負!

2014年12月に思い出いっぱいの会社の自分の我がままで去った
長く金融のIT組織の中で働いてきて50歳を過ぎたオヤジのチャレンジ
企業の中のIT組織の中の一員でなく、ベンダーでモノを提供する立場で
仕事してみようと思ったから、それが退職の理由
その時は、なんとなくそんな理由で上司に話した
そして、縁あって一番仕事をしたい場所で仕事を始めたのが2015年の10月
営業経験のない自分が一からの再スタート
自分が、ユーザだったら間違いなく採用するプロダクトなのに一年間は、
ひたすら歩き回っていた。
徐々に取扱製品が増えていく中で、何度となく通ってみたものの成果には
繋がらない
まぁ、新人が新規開拓だけをやって簡単に売り上げられるほど世の中は甘くない
営業の諸先輩方に叱られてしまいますね(;´・ω・)
でも、そんな営業活動も少しだけチャンス到来を感じさせる手応えを
最近感じるようになってきた。
今、自分が働いていたエンタープライズ規模の会社のいくつかのセクションで
少しづつ話が進みだしている
関連会社を含めると、4つの部署でそれぞれに違う話が進行中
どれもチャンスがある、そしてワンショットディールでなく、そこがスターティング
ポイントになるような気がする。
しかし、中に居たから解る大きな巨塔は単純なものではない
でも、ユーザに少しでも満足してもらえるだけのものは提供できる自信が
ある。
これから半年が勝負!、来年度の予算にどれだけ食い込めるのか?
ココが勝負!
まだまだこれからなんだよね
今の案件を取りそびれないようにすることも大事
でも、まだまだ開拓できるグループ企業やユーザ部門はたくさん残されている
社長の言葉の一つに、一つの企業をしっかりフォローして取りこぼさない
まさに今がその時
漁業で言うなら延縄漁のような感じ
大きな海に網を突き込んだにすぎない
魚群探知機に少しづつ魚影も移りだしているレベル
小魚だけかもしれない、大物が潜んでいるかもしれない
そう考えるとワクワクしてくる
会社を辞めずに居たら、今のように多くの人と同時に様々な案件に繋がる話は
出来ていなかったと思う。
自分が辞めた理由、それは今のような仕事をしたかったから
さぁ、まだまだサラリーマンライフは終わりません。
あと数年かけてしっかりとフォローして、多くのユーザの笑顔をGETするぜ!

samurai魂

NY駐在員時代に知り合った人生の大先輩
susuというニックネーム
一緒にNYで活動して知っただけでもエグゼクティブとは違う生き方をした日本人
もう天国に行ってかなりの時間が経つが、金曜日に地元の居酒屋で
ひとり反省会をしていると、目の前に専務 島 耕作が置かれていた
おもむろにチューハイを呑みながら開く
懐かしいNYCに居る島耕作
数巻読んでいると、リムジンドライバーの塩田というポニーテールの在米日本人が
現れる
このモデルが故susu
susuの生前に親が亡くなったということで一時帰国したときに彼が土産に
持ってきたのが、この島耕作のカット

亡くなったいまでも彼は、ココに生きている

彼は、アメリカに駐在員でなく移住で
そして様々な仕事をしてアメリカ人の教師の奥さんと素敵な子供たちに
囲まれてアメリカで生き続けた
普段は、自分のような駐在員の日本人と交わらない彼が唯一リスペクトしてくれた
彼とのプライベートライフは楽しかった
いつまでも恋をして、気に入ったお姉ちゃんの誕生日には、ワインと花束を渡す
整備工をしたり、日本でアメ車ブームの時はアメ車のバイヤーをやったり
もちろん、ネットビジネスも
そしてバンテッドハンターを最後にはやっていた
アメリカで生き抜くために自分で考え、金を稼ぎ
生きてきた
そこには、アメリカという大地でゼロから生き抜いたSamurai魂を感じる